すみだノート春夏秋冬🌸🍃🍂☃️

今年すみだノート春号の”すみだの想い出”を執筆する機会を頂戴し、記事をみてくださったたくさんの方からお声がけをいただきました。
それをきっかけに知り合うことができた方や
これまでより深く話すようになった方もでき、
とても嬉しく思っています。
そして、編集部の皆さま。
その節は大変お世話になりました。
また、いつもお届けありがとうございます☺️
これを基にした文章を、地域に関係するある(クローズドな)会報誌に寄稿するために加筆しました。
“すみだの想い出”には、本当は続きがあること。
加筆するチャンスがあったことで、改めてまとめました。
せっかくなのでと思い、載せました✏️
多くの人に出会い
たくさんの出来事があり
今こうして、
ひとといることを楽しみ
ひとりでいることを愉しみ
ここに自分として存在します。
どのようないきさつで
今この道をあゆんでいるのか。
もしよろしければ、お読みになっていただけたら嬉しいです。
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季節も巡りあっというまに年の瀬。
年末も年始も
晴れも雨もなく
休みなく近くにいる人を気遣う方々、
誰かのためにはたらく方々がいることを知っています。
だから”仕事おさめ”の表現はせず、
ただ日頃の感謝と敬意をお伝えしたく思います。
いつもありがとうございます。
あしたも、あさっても
そして明くる年も
皆さまにしあわせがありますように。
一年のしめくくりのような文になりましたが、
まだ明日も診療しています✨
ご来院の方、お待ちしています。
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向島の家と路地と歯科医院の記憶
大正初期から代々歯科医院を営む家に生まれ育ちました。
幼い頃過ごしたその家には、
玄関の前に牛乳箱と歯科技工箱が並べて置かれ、
いつもだれか人が居る賑やかな昭和の家庭と家業がありました。
夕方にはお豆腐や吉備団子を売りに来る音。
どこからか漂ってくる町工場のにおい。
家の窓から溢れてくる夕飯の気配。
診療を終えて戻ってきた祖父の膝の上で、歯科薬品の匂いが残る指で分けてくれた蜜柑の香り。
テレビに映るお相撲のかけ声。
夜になると集まる親戚や近隣の歯医者さんたち。
楽しそうな声と美味しそうな食事の香りが、子供部屋まで伝わってきました。
私も大きくなったら歯医者になって、ここに加わるのかなと思いながら就寝した記憶があります。
子どもだった私の頭の中は、自分だけ大人になって周りは歳を取らない未来。
今は皆、心の中にいます。
春には青い草木と川水の、
秋にはどこかのお庭の金木犀の香り。
夏には祭囃子や花火の、
冬には火の用心の打ち木の音。
どれも昨日のことのように思い出します。
今でも、街を歩いているとふとあのときの欠片に再会することがあります。
そんなときは思わず立ち止まり、振り返らずにはいられません。
風の流れを変えた電波塔。
路地を飛び交う多国言語。
なじみの店の解体工事。
あの頃の記憶をおさめた携帯型端末を片手に、
今日も変わらない街のつながりの中で診療しています。
自転車も乗れない箱入りがやんちゃに逞しく育ち、
社会に貢献できる小さな力も身につけました。
淑やかにあゆむ道も用意されていました。
それでも私が求めていたのは、失敗を経験する権利。
失敗は何かに挑戦する権利と等しくあるものでした。
心の赴く方に。
挑んでは泣きながら、
差しのべられた手をつかみ立ち上がりました。
外からは強かにも見える私の内に併せ持つ、
儚い脆さを受けとめ愛でてくれる人たちに巡り合った事。その過程が今の私を形づくっています。
今まで出会った人たちに、これから出会う人たちに、
頼り頼られ生きていく。
独りで立ち、
それでも誰かを必要とし必要とされ生きていく。
これ以上に望むことは、
今のところまだ、見つけられていません。
私、大きくなったら歯医者になりたい。
先生のような歯科医師をめざしたい。
有難い言葉をかけられることも増えました。
いつの日かそんな若者たちを、
よく来たね。と心から、
迎える日を思い描いては愛おしく思います。
大人になった私の心の中は、
周りと共に歳をかさねていく未来。
どこかの店の片隅で、酒か焙じ茶でも飲みながら、
過去となった今のことを、
将来、だれかの孫と語りたい。
この道で培ってきたささやかな力を、
生涯、だれかのために使いたい。
もし願いが叶うとしたら、
あの頃に戻って駅前のお寿司屋さんや交差点脇のお蕎麦屋さんの出前で食卓を囲んで桜餅や草餅も用意して、
あのときの皆に報告したいです。
「私もね、大きくなったら歯医者になったんだよ!」って。